2018年8月5日日曜日

2018年8月の掲示板



 うだるような酷暑が続く中、いよいよ第100回目の甲子園が始まりました。
お寺にとっても大切なお盆のシーズンも近づいてまいりました。

今月の掲示板の言葉は、島根県は石見におられた妙好人、
浅原才市さん(1850~1932年)が詠まれたお詩。
ただ死んで逝くだけのいのちであったと思っていたけれども、
浄土真宗のみ教え、阿弥陀さまの願いを聞いてみれば、
なんとこの身は死んで逝くいのちではありませんでした。
この身は、お浄土に仏さまとして往き生まれ、
阿弥陀さまと同じように「南無阿弥陀仏」のお念仏の声となって
すべてのいのちの上に躍動し続ける尊いいのちでありました。
そんなよろこびのお詩です。

そう、だから先にお浄土に生まれ仏さまとなられた方々は、
お盆だけに帰って来られるのではないのです。
24時間365日ずーっと「南無阿弥陀仏」の
お念仏の声となって私を支え続けていてくださいます。
けれども、そのことも日々の生活に追われて忘れがちです。
だからこそお盆という仏事を通して今一度、亡き方を偲びお念仏申し、
そしてまた、私のいのちの行く末をゆっくりと
見つめさせていただきたいなと思います。

合掌




2018年7月20日金曜日

2018年7月の掲示板




気が付けば7月も下旬に入りました。
連日の猛暑で体がバテております。
どうぞみなさんも熱中症にはくれぐれもご注意ください。
さて、遅くなりましたが掲示板を更新しました。
今月の言葉は、『ことばのしっぽ』という本より小学生の詩を載せました。
とても素直なことばで綴られた大きな気付き。
「いのちって大きさじゃないんだね」という発見は、仏さまと同じ視点だなと思わされます。
一つひとつに紡がれてきた大切な大切ないのち。
その大切ないのちを、ないがしろにし傷つけてしまう私がいます。
だからこそ、大事なことを見失わないように、折に触れて仏さまのお話を聞いていきたいなと思います。
そして、折に触れてお念仏を称え、「南無阿弥陀仏」という阿弥陀さまの私を真実に目覚めさせる喚び声に耳を傾けていきたいなと思います。
合唱

2018年6月10日日曜日

6月のご法語


「自力の御はからいにては真実の報土へ生るべからざるなり」


 今月のお言葉は、親鸞聖人が関東のご門弟に書かれた『ご消息(お手紙)』の中の言葉です。
 さて、浄土真宗のお話を聞き始めるとよく耳にする言葉がいくつかあります。その中に、「自力」と「他力」という言葉があります。みなさんも一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。この2つの言葉を浄土真宗で使うときには、省略されている言葉があります。それは、「~でお浄土に生まれる」という言葉です。

 つまり「自力」とは、「自分の力でお浄土に生まれる」ということ。「他力」とは、「阿弥陀さまのおはたらきでお浄土に生まれる」ということです。
 ですから、自分が頑張って誰かに良いことをすることがそのまま「自力」なのではありません。また反対に、誰かの力・助けをあてにすることも「他力」とは言いません。ただし、「自分が良いことをしたことでお浄土に生まれられる」と思ったなら、それは「自力」になります。

 つまり、自分のしたことで「お浄土に生まれられる」と思ってみたり、逆に、こんなことでは「お浄土に生まれられない」と思ってみたりと、お浄土往生に対して自分をあてにする「心」のことを「自力」というのです。それを親鸞聖人は「自力の御はからい」と仰いました。そして、この「自力の御はからい」では「真実の報土(お浄土)」に生まれることはできないと仰っています。つまり、お浄土は自分がどうこうして生まれて往く世界ではないんだということを仰っているのです。

 ではどうやって生まれて往くのかと言えば、「他力」によってお浄土に生まれて往くのです。「他力」とは、阿弥陀さまの「どうかお浄土に生まれてきてほしい」という「願い」のことです。この阿弥陀さまの願いは、私が良いことをしているときも、悪いことをしているときも、はたまた何もしていないときも決して変わることなく、途切れることなく私にかけ続けられています。この阿弥陀さまの願いによって必ずお浄土に生まれて往く、これが浄土真宗が大切にしている「他力」という言葉なのです。

 そして、阿弥陀さまの願いの中にいるという何よりの証拠が、私の口から出てくださる「南無阿弥陀仏」のお念仏です。お念仏が出てくださるからこそ、願いの中に安心して生きていくことができるのです。

2018年6月の掲示板


お寺の掲示板を更新しました。

欲しいものが手に入ったり、願いが叶ったとき、私たちは「うれしい」「しあわせ」と言います。
けれども、自分の外側に喜びや幸せを求めているときは、どこまでいっても満たされることはありません。
「しあわせになりたい」という思いには、その裏に「今はしあわせじゃない」という言葉が隠れています。
今、自分に与えられているものに目を向け、そのことを「しあわせ」と言って行けたなら毎日が満たされた1日になっていくのではないでしょうか。

7月1日㈰8時から「1日の会」があります。
どうぞお参りくださいませ。




2018年5月31日木曜日

「誓林寺だより」始めました


誓林寺の日々をお伝えするブログ「誓林寺だより」を始めました。
若院のふと感じたことや法座案内などをあげていきたいと思います。
不定期にゆるりとやっていきますので、気楽にお読みください。